ペリーと刺し身

海の近くで育ったくせに子供の頃から生モノが苦手で、大人になってからやっと食べられるようになった。

それでも好きとは言えず、「まあ、食べられますけど」という程度。

mojoと同じように日本人であっても生モノが苦手な人がいるけれど、そもそも生モノを食べる習慣がなかった人たちが初めて刺し身なるものを見た時には、どう思ったんだろう?

なんてことを考えたのは、こんな記事を見つけたから。

横浜開港資料館:「ペリー刺し身でもてなした」 日本側関係者の日記を展示 /神奈川 – 毎日jp(毎日新聞)
「日米和親条約の締結で横浜に来航のペリー米艦隊をカステラ、刺し身でもてなした」。こんな珍しい記述の日記が横浜市内の民家で見つかった。

おおっ、ペリーは刺し身を食わされたか!

宴席では「カステラ、上落雁(らくがん)、酒、刺し身」が提供された。竹田が箸の使い方を教えたが、うまく食べることができなかった。辛口の酒よりみりんを好み、甘い食べ物を好んだ。竹田の煙管(きせる)でたばこに挑戦した乗組員もいたという。

そう言えば、ジョン万次郎の本にも黒船に遊びに行ってワインを飲んだり、料理を食べたというような記述があったような。

いずれにしても日米双方、当時の人には珍しいものばかりだったんだろうなぁ。

受け入れられるもの、そうでないもの、慣れていくうちに体にしみこんでいくもの。異文化、異文化といってもさまざまである。触れたことがないからといって毛嫌いしているだけでもダメなんだろうな。

以前、何かの本でその土地の人と仲よくなるには、土地の人たちと同じものを食べニッコリ笑うことだというような文章を読んだことがあるが、食べ物というのは異文化の距離を縮める最強の道具じゃないかと思う。

知らないものに触れる不安や期待、そして喜びや驚きが食べ物を通して行ったり来たりする。その混ざり合うところが面白いのだ。そこに人間味が出てくる。

ペリーの時代とは違って、箸を器用に使う外国人も多い今の世。刺し身だって日本料理好きにはすっかり有名になり、しょう油をドップリとつけた刺し身をうれしそうに頬張るニュース映像を見ることもよくある。

Sushi,Tenpura,SoySauce,Teriyaki,……すでに世界進出を果たしている独自の食文化を武器に、もっと世界と融合できたらいいよね。

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