窓の下で怒鳴り声。あまり長く続いているので覗いてみると、歩道で若者が2人対峙していた。
「舐めんじゃねえぞ!」
というニット帽の男。もう1人は目で相手を威嚇している。こちらはカーキ色のジャンパー。ときどき「なんだよー」なんてことを言いながらすごんでいる。
しかし、そこから進展がない。「舐めんじゃねえぞ!」男は、ずっとその言葉をリピートしているだけで、相手のジャンパー男は、ただただ睨むだけ。
結局、何事も起こらず収束していった。言葉が「舐めんじゃねえぞ!」と「なんだよー」しかないものだから、何が原因なのかもわからない。なんだか拍子抜けというか、いや、暴力沙汰にならなくてよかったんだろうけど、こちらとしてはただやかましいだけだった。
なんてことを思いながら窓から離れつつ、冷えたお茶をグビリと飲んだ。そうしたらふと、そういえばこんなこと以前にもあったなぁ、と思い出した。
10年以上も前、mojoが住んでいたのは飲み屋が並ぶ通りから一本裏手に入ったマンション。開閉式の開けるとギィと音のなる三角窓がついていた3階の部屋だった。
飲み屋街がすぐそばだったせいか、窓の下ではしょっちゅういろんなトラブルが起きていた。あまり趣味がいいとは言えないが、仕事に詰まると三角窓からぼんやりと、そんな光景をよく覗いていたものだ。
ある日、いつものように若い男のすごむ声が聞こえてきた。よくあることだし仕事中だったので、原稿用紙に向かいながら耳の端に飛び込んでくる荒い言葉をときどきとらえては放していたのだが、あまりに激しく大声を出してやり合っているのに耐えきれず、三角窓をギィと開けて覗いてみた。
深夜の路上。今にもコトが始まりそうなやり取り。聞いていると、どうも態度が悪いとかたいした理由ではないみたい。まあ、ケンカなんてたいていそんなものなんだけれども。
ただ、この2人。手を出しそうで出さない。手を出せば、たいていのケンカなんて1分か2分で決着がつくものだが、口だけなのでなかなか終わらない。おまけに階下の路上でやり合っているので、やかましいことこのうえない。
一度引っ込んだものの、30分ほどしてもまだ終わらないものだから、業を煮やしてついつい三角窓から顔を出し、言ってしまった。
「やかましいから、さっさと始めるか、やめるかしてくれないかなぁ」
mojoも若かったせいか、思わずそんなことを言ってしまったのだ。
さて、突然頭上からけしかけられた形となった若者2人。ケンカの勢いそのままに、怒ってくるかと思いきや、三角窓から覗くmojoの顔を見ながらポカンとした様子。
なぜか動きが止まってしまった。そしてお互いに顔を見合わせ、
「やるのか?」
「いやいや、もうないかも」
みたいな表情をしている。しばらく時間が止まったようになったのち、急に空気が変化したのを感じた。緊張感がなくなり、だらしなく漂った。1人の男が、
「まあ、いいや」
といい、背中を向けて歩き始めた。それを受けるように相手の男もなんとなく気まずい雰囲気を残したまま、深夜の町へ消えていった。
別々の方向へ歩き出した2人の背中を見ながら、「うーん、こんなケンカの止めかたもあるんだなぁ」と思った。思ったけれども、あまり変なちょっかいを出すのもよくないぞと反省。
机に残った白いマスだらけの原稿用紙に目を落としながら、もう一度反省。
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