長いのである。上りがやっと行ったかと思ったら、今度は下り。それが行って、ようやく渡れるのかなと思うと、新たに上りの電車がやってきたりして、やっぱり夕刻に踏み切りのそばなど近寄るものじゃないな、などと考えつつ、ふと視線を下にやると、前に立っている女性の白いふくらはぎが目に入ってきた。
そこにどこからか飛んできた蚊が、す〜っときて留まったのだ。「あっ」と思わず声を出しそうになったが、さて困ったぞ。
何が困ったって、この事実を見ず知らずの女性に伝えるべきかどうか。見れば、おそらく25歳前後の女性。ワンピースから伸びた足に蚊を留まらせ、何も知らずに立っている。
「あなたのふくらはぎに蚊が留まり、今まさに血を吸おうとしていますよ」
などということは、どうも言いにくい。踏み切りで待たされている間、いったいあんたは何を見ているんだ、と糾弾されかねない状況である。
そうこうしているうちに蚊は針をブスリと刺し終えたらしく、チューチューと若き女性の血を吸い出した。
自分だって刺されるから偉そうなことは言えないのだが、こんなに堂々と血を吸われているのに、人間というのは感じないものなんだなぁ。というか、蚊の能力がすごいということか。
じっと目をこらすと当の蚊は、さっきよりも一回りサイズアップしているようにも見える。
さらに2本の電車を見送るまで、蚊は女性のふくらはぎに陣取り、じっくりと血を吸った。そして、踏み切りが開いて女性が歩き出したとたんに、少し重そうな体を浮き上がらせ、ヨロヨロと飛んでいったのだ。
きっとあとで痒くなるんだろうなと思いつつ、あんな時はどうすればよかったんだろうと、サンダルの底に線路の堅さを感じながら踏み切りを渡った。
とたんに背後からカンカンカンと次の電車が来るのを知らせる音。満腹した蚊の仲間が、また誰かの足下に近づいていそうだ。
コメント
踏切のカンカンという音が聞こえてくる、夏のけだるげな情景が浮かんできました。女性の白いふくらはぎが見えるようです。いいですね〜。
△【篠の風】さん
コメントありがとうございます。近所を走る子供たちの夏休みもあと十日ほど。夏は「行く」寂しさもあり、季節の移り変わりというのは面白いものです。
ドイツにはドイツならではの夏風景があるんでしょうね。
蚊がうらやましい…と言うオチにならないのが大人です。
ひー、コメントがスパムに入っておりました。エロい人はスパム判定されてしまうのかも知れません。