さよなら父ちゃん31 三文芝居

8月が昨日で終わり。今日から9月。まるまる一ヶ月世間から埋没したような感じがする。これが介護というものなのかも知れない。

昨夜午後11時ごろ飲んだ気分が落ち着き眠りやすくなるという薬がまだ効かないようで、父ちゃんはオシッコをしたいという。絶え間なくオシッコをしたいと言って、ぜんぜん寝てくれない。

そこで医師の許可も出ていたので、午前1時半に2錠目を追加することにした。

しかし、それも効果なく相変わらず父ちゃんは尿意を訴える。こちらもオシッコが出ないのは困るので、30分ごとに介助をするが、結局一滴も出ない。

果たして父ちゃんの尿意は本物なのだろうか? もはや尿意だけでオシッコが作られていないのではないだろうか。そんなことまで思い始めた。

そこでmojoの提案で芝居をうつことにした。尿器にお茶を入れ、オシッコをさせるふりをして「ほら、お父さん出たよ。少しだけど出たよ」とその尿器を見せたのだ。

そうしたら父ちゃんは急にだまりこんでしまった。浅知恵の果ての三文芝居がバレたのか、感覚がないのに出ていたのがショックだったのか。

なんだかひどく後悔した。でも僕らの体も疲れていた。そんな三文芝居をするほどに。

こうして朝の4時半まで格闘したのだが途中、パートナーと軽い衝突が起きそうになった。僕はこの介護生活に入る前、彼女の父上のことでもあるし、彼女のやりたいようにさせよう、それを黙ってサポートしていこうと心の中で誓ったのに、衝突してしまった。

二重の後悔をしながら、朝の薄暗い部屋の中で話しあう。エアコンの効いた空気が重く、耐えられないほどだった。

4時間ほど寝て朝8時半、父ちゃんを見ると辛そうな顔をして「トイレに行きたい」とまた訴えた。父ちゃんは寝てないのかも知れない。

8時半と10時、2度試してみるが、やはりオシッコは出ない。病院に相談すると朝11時前、いつもの女先生ではない初めて会う先生がやって来て導尿カテーテルを試すことになった。

カテーテルを通すのが難しそうだったが、なんとか管が通ると、あっという間に500ccぐらいのオシッコが出た。

先生によると、どうやらオシッコの出口が閉じていたらしい。

ゴメンね、父ちゃん。尿意は本当だったんだね。苦しかったよね。丸一日以上出せなかったんだもんね。早く気づいてあげられなくて本当にゴメン。

オシッコをやっとのことで出すことのできた父ちゃんは、ホッとしたよう。

午後1時半、何か食べたいというのでブドウの汁を一口。おいしいと言って舐める。

午後3時前には、いつもの女先生。今日は午前中に別な先生がきたので女先生の往診はないと思っていたのに、気になって駆けつけてくれた。そして、新しい座薬の眠剤が処方された。

夕方6時、父ちゃんの写った写真などを一緒に眺めるが、あまり気乗りしない様子。

しかし、起き上がりたいと言う。
「自分の足で歩いてトイレに行きたいんだよ」
と言う。さらに、窓を開けると、
「空気を感じるよ、なんだか懐かしい気がする」
と言った。

午後8時、昨日の分を取り戻すかのように眠る父ちゃん。こっちはまだまだ寝足りない。

その寝顔を見ながら、僕とパートナーは幸せってなんだろう、生きるってなんだろうってことをずっと話し合っている。

午後10時半、目覚めた父ちゃんは楽しそう。2人で手足をマッサージしてあげたらとても喜んでくれた。ずっとオシッコに苦しんでいた昨日とは大違いだ。

父ちゃんは「幸せだ〜、2人にこんなにしてもらって、本当に幸せだ〜」

と喜んでくれた。よかった。こんなに喜んでくれるのなら、ずっとマッサージしてあげる。そう思った。

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